皆さんは坂本龍馬の妻お龍についてどんな事を知っていますか?
◎京美人、男勝りでわがまま、気が強い。
◎「寺田屋」で龍馬が襲撃された時、素っ裸で知らせ助けた。
◎鹿児島で龍馬と2人日本で初めてと言われる新婚旅行をした。
◎長崎で月琴を習った。知られているのはだいたいこれくらいでしょうか?
私の知る限りでは、今までに描かれたお龍さんのイメージはあまり良いとは言えません。
1866年6月から1867年2月までの8か月間、
小曽根乾堂(こぞねけんどう)宅でお龍さんを
大切にお預かりしていたという記録を目にした事があります。
お龍さんって本当はどんな女性だったのだろう?
『お龍さんの長崎日和』の執筆前から私の中にあった疑問と不安。
それは不思議なことに書き始めた途端、私の目の前からスッと姿を消しました。
『お龍さんの長崎日和』の第1章「長崎の港」から引用してみます。
慶応2年6月4日。
抜けるように青い空である。
降りそそぐ日差しの下、波は銀色にきらめいていた。...中略...
「美しおすなあ」お龍はため息をついた。長崎の港に着いた時のお龍さんの描写です。
お龍さんは好奇心の固まり。思った事は素直に口に出さずにはいられない。
龍馬にとってはとても可愛らしくおもしろい女なのです。
「『おもしろき女』と評した龍馬は、心底お龍の内面に魅かれていますよね」そう言った女性がいます。
なる程と思いました。
男は皆、振り返る程だったというお龍さん。しかし当の本人はまるで気付いていない様子。
そんな彼女がおかしくて、危なっかしくて、龍馬は夢中になったのではないでしょうか?
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お龍さんが小曽根家一人娘のお菊から教わった月琴 (小曽根吉郎氏 蔵) | 龍馬もこんなひょうたんに酒を入れて持ち歩いていたのだろうか (小曽根吉郎氏 蔵) |
お龍さんの生まれ素性は確かなものです。
父は京都青蓮院(しょうれいいん)宮家に仕えた勤皇の医者。母は公家の出です。
安政の大獄で投獄された父が亡くなり、今までの平穏で豊かな生活は一変一家離散となりました。
長女であるお龍さんは弟や妹達のために自分も宿屋で働きます。
妹達が女郎屋に売られた時には捨身で乗り込んで助け出したという話も残っています。
龍馬と知り合ったのは、志士達のたまり場であった方広寺(ほうこうじ)という寺です。
そこで母が賄い婦として働いていたからです。
龍馬にとっては女性遍歴の末にたどり着いた最後の女であったでしょうし、
お龍にとって龍馬は初恋だったと私は信じています。
女としての芸事全てに秀でてはいるものの、
家事は不得手という"まっことおもしろき女"に龍馬は目を丸くしたに違いありません。
第2話「お酒の好きなお龍さん」へ。