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第30回 龍馬の秘策 〜「大浦天主堂」

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ついに大浦天主堂が登場しましたね。

龍馬が高杉晋作に会いに行くシーンと

お元がキリシタンのお祈りの場所へ向かうシーンでした。



大浦天主堂


大浦天主堂の階段を登るシーンと、洋風の建物の横を横切るシーンが、

今回の大浦天主堂周辺のロケ地でした。


暗くてよくわからなかったと思いますが、

お元さんが、横切って行った洋風の建物は、

旧羅典神学校の建物の前でした。

ちょうど同じアングルが、下の写真です。


大浦天主堂と旧羅典新学校


あと、龍馬が歩いているシーンがありましたね。

それは、ここです。

これは、大浦天主堂の右側の通路。


長崎ロケに同伴した事情通の話によると、

演出の大友氏がロケハンで長崎に来た時に、

この通路にピンと来て撮影が決まったのだそうです。


福山龍馬が歩いた道



旧羅典神学校は、国の重要文化財に指定されているんですよ。

また、ユネスコの世界遺産暫定リストへの掲載が決まっている

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を構成する文化財の

ひとつでもあります。


そういうところが、ロケ場所になっていたというのも、

なんかすごいなあって思います。

本物の歴史が幕末のドラマの中に出ていたのですから。



大浦天主堂は、慶応元年(1865)に建てられました。

外国人居留地のすぐそばに建てられたのは、

外国人のために建てられた教会だからです。


そのときに、信仰を隠していた信者たちが

フランス人神父プチジャンの元を訪れ、信仰を告白したことは、

"奇跡の信徒発見"と呼ばれ、世界中に知れ渡りました。


信徒発見


けれど、日本ではまだキリスト教を信仰することは、

禁じられていた時代で、教会ができても自分が信者だということは

隠さなければいけない時代で・・・・・・


龍馬が暗殺された慶応3年には、浦上四番崩れという、

キリシタン弾圧が行われました。

キリスト教を信仰する人々にとっては、明治になってからも

まだ信仰の自由は許されなかったのです。


それゆえに、信仰の自由が認められるようになったとき

宣教師のもと、信者の方々は自らの手で教会を建て始めたそうです。


そういう長崎の歴史も知って欲しいな・・・・


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大浦天主堂【詳細・地図

長崎市南山手5-3

開館時間/8:00~18:00

拝観料/大人300円、中高生250円、小学生200円

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このページは、長崎乙女が2010年7月27日 18:14に書いたブログ記事です。

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